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【Perfume】わたしは如何にしてPerfumeファンとなりしか

2007/09/12

02 Perfume

【振り返り記事。2019年5月18日投稿】

仰々しいタイトルは内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』の本歌取り。「Perfume信徒と」とかにしようかとも思ったけど、無駄に宗教絡めていろいろ無用な詮索をされるのは本意ではないので、そこはシンプルに。まあある意味で宗教みたいなもんですけどね。そして信教と恋は似ている。

Perfumeのことを初めて知ったのがいつだったか、もう正確なところは覚えていない。

2007年の始め頃に知人を通して「なんかちょっと変わった面白いことやってるアイドルがいる」という情報を得ていたような記憶があるが、そのときの自分の反応は「ふーん」だった。また、当時まで4~5年くらい(だと思う)毎号購入していた数少ない雑誌のうち、コアマガジン『BUBKA』2004年5月号「RHYMESTER宇多丸のマブ論」での絶賛や、『TV Bros.』2005年11月26日号での掟ポルシェとの対談は、どちらも確実に目にしていた筈なのに、ものの見事にスルーしていた。有り体にいえば、当時の自分は「アイドル」という存在にまったく興味が持てなかったのだ。

日本に生まれた健全な男子だからして、過去にはアイドルに浮かれた時期もあった。キャンディーズの解散や山口百恵の引退はリアルタイムで体験している。初めてファンレターを書いた相手は松田聖子。高校時代は「夕やけニャンニャン」を観たいが為に帰宅部だった。大学時代、ハマる程ではなかったけれど気になっていたのは南野陽子とか朝香唯とか(二代目と三代目ですな)。1990年代、自分が社会人になった頃、日本は「アイドル冬の時代」に突入。モーニング娘。が「LOVEマシーン」で世の中を席巻するまで、わたしが「アイドル」というものを意識することはほとんどなかった。そして(『BUBKA』などというハロプロ広報誌みたいな雑誌を毎号購入していた癖に)、私は特にハロプロに興味はなかった。ここまでがわたしの「Perfume紀元前」のお話。

日付は忘れたが2007年の9月のことであったのは間違いない。とある事情で妻が数日間実家に帰っていた独りの夜。特にすることもなく、ふと思い立ってネットでYouTubeを覗いたときに、ちょっときっかけは忘れたけれども、私は、それに出会ってしまった。

[Official Music Video] Perfume「ポリリズム」
※これは現在の公式チャンネル動画ですが、当時はそんなものはなかった。いろいろお察しください。

「あー、これが例のPerfumeか」とか冷静でいられたのは最初のほんの数秒。その後に沸き起こった感情をなるべく簡潔に言い表すと「なんじゃこりゃ!?」。小学生時のYMO体験で電子音楽に衝撃を受けて以来、その手の音楽に親しんでいた(かといって、わざわざ追いかけてもいなかったのだが)自分だけど、「電子音をバックに歌い踊る少女」なんてものは、今の今まで見たことがなかったんだよ。メロディアスな電子音楽に合わせて踊る、ぽっちゃり少女(当時)と地味な少女(当時)と超絶美少女(当…… いやこれは今もかな?後に知ることになった「クールビューティ詐欺」の子ですわ)に、魂を持っていかれた訳です。

で、YouTubeなので関連動画が横に出るじゃないですか。当然、観るじゃないですか。そこで観たのが、これですよ。

[Official Music Video] Perfume「コンピューターシティ」

これで私は、落ちました。何に? 恋に。

その後もリニアやらエレワやらTSPSやらチョコやら片っ端から映像観まくって、気づいたら出勤直前になっていた。結局、この日は一睡もしないまま仕事に行った。休憩時間に職場の隣のCDショップでマキシシングル『ポリリズム』初回限定盤を買った。同じフロアのヴィレッジヴァンガードに3人のサインが飾ってあったことに何らかの運命を感じ、一瞬パクろうかと思った(してません)。

そんなこんなで、この日から「Perfume中心の生活」が始まり、今(2019年5月18日にこれ書いてます)に至る。上の方でPerfumeを知る以前を「Perfume紀元前」と書いたが、まさに2007年9月のこの日が、私のとっての「Perfume紀」の始まりの日だった。冗談でも誇張でもなく、人生変わったんだもの。